仕事に疲れ帰宅し扉を開けると、一匹の猫がちょこんと座り待っている。二年ほど前に、尻尾が短くカギ型で足裏の真っ黒なオスの雉猫を、膝の上で眠り続ける可愛さに「性格が良さそうだからこれにしよう!」と選んだ。どこから見ても雑種のぶさいくな可愛さが気に入った。福岡市内の路上で「はい!キムタク!一匹五百円!」と言われ薄汚れた空箱に入れて売ってくれた。一方、メス猫は宮沢リエという名前で売られていた。
キムタクより可愛く、天神で見つけたので“天々”と名付けた。雑種の一匹の猫ながらも選ぶのにこだわった。自宅には気の強い人になつかぬメス猫を一匹すでに飼っていたからだ。
天々は子猫の頃からいつも私の布団にもぐり込んで来た。布団の中へ入りたい時は、眠っている私の口元を、前足でソーッと起きるまで撫で続けた。どんな猫の前足にも引っ掻かれたら怖い爪がある。その爪を立てないように気を遣い優しく口元を撫でてくれた。目覚めの悪い私だが、深夜に小さいとはいえ猫の前足で口元を撫でられると毎夜パチリと目が覚めた。知らんふりで寝ていると、何度も何度も口元を…。『温かい布団の中に入れてくれ』との催促だった。布団の中に入れると私の手の平を眠るまで舐めていた。
猫の舌で舐められるとざらざらするものだが、子猫の頃から手の平を乳首を吸うかのようにして舐める癖があり、その舌は柔らかく心地良い感触だった。呼んでも来ない先住のメス猫に代わってオス猫の“天々”が飛んできて、私の歩くところ付いて回り抱かれたがった。
私が足を動かすといつも毛に触れた。椅子に掛けていると抱かれたがるし、膝に抱き柔らかな毛並みを撫でながらの読書はなかなか心地よいひとときとなった。毎晩水を怖がらず風呂場に付いて入るので、大して汚れてもいないのにたびたび体を洗ってやった。嫌がる素振りを見せながらも、おとなしく良い子にしていた。
やがて大きくなりメスを求めだしたが、神経質なメス猫には寄せ付けてもらえずに、いつも近付いては一喝され寂しく私の膝に抱かれたがった。すると気難しいメス猫に異変がおきた。それまで“天々”だけが風呂場に入り私を待っていたが、いつの間にかメス猫が“天々”よりも先に堂々と入るようになった。そこまでは良いのだが、私が入浴する度にメス猫は待っていたかのように、洗面器に臭い糞をコロコロ出すようになった。
やがて“天々”もメス猫に遠慮しつつ怖ず怖ずと入り、私はいつも二匹の猫に見守られながらの臭い入浴となった。時にうるさいと思い風呂場へ入れてやらぬと、扉越しに開けろと言ってはニャーニャー鳴きわめいた。扉を引っ掻くので二匹を入れない訳にもいかなかった。そして、毎晩入浴の度に洗面器の一つにはコロコロ臭いメス猫の糞があった。
最近ではメス猫が腹にのり同じように舐めてくれだした。そして、二匹が腹の上にあがるのを競い合うようになった。自分だけが愛されたいのだろうか。いや私を競い合うように愛し癒してくれる猫たちである。愛されて生きるとは幸せなことだ。
今宵も又 猫にいだかれ 夢心地